AIは自分のアイデアを実現するためのツール
AIとは対話できます。でも、AIが出した答えや文章は、やはり他者のものであり、自分の考えや答えではありません。そこには、明確な線引きを感じています。
AIに文章を考えさせて、そのまま伝える手段にしてしまうと、論拠のない他者のものを相手に渡すことになってしまいます。
ですから、文章は90〜95%は自分で書いて、その添削に使うくらいの使いかたがちょうどいいのかもしれません。人に何かを伝えたいときは、AIとはそれくらいの距離感を保ち、その人がどう伝えたいかを自ら考えはじめて、「その人のことば」となり、「その人の温度」が加わっていくのではないでしょうか。
わたしも、AIが出したアイデアを素材として取り込むことはあります。
しかしそれはジェームス・W・ヤングが『アイデアのつくり方』の中で記したように「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」という考え方と同じで、AIのアイデアもまた、より独自のアイデアへ変化させるための素材のひとつだと思っています。
AIにアイデアを考えてもらい、それが「画期的なアイデアだ!」と感じるような答えを導き出すよりも、自らの観察によって課題を分析することのほうが、実に楽しいというのもあります。
AIが出すアイデアは、自分のアイデアを導き出すための掛け算の要素として採用するくらいにとどまることがほとんどです。
それは結局、自身の創造性はあくまで自分のものでありたいという気持ちが強く反映されているのかもしれません。AIが作ったものや考えたものは他者のものであるという、さきほどの前提が常に自身の根幹にある——そういうことなのだと思います。
いまわたしは大学でデザイン思考を学んでいます。そこで改めて感じるのは、創造的に考えるということは特別な才能ではなく、日々の問いの積み重ねだということです。VUCA(ブーカ)と呼ばれる予測しにくいこの時代に、その力がより一層問われています。
また、講義の中でこんな話がありました。生成AIの進化は、人間に新たな創造性を要求しています。AIに的確な指示を与え、生成されたコンテンツを評価し、改良し、新しい価値を見出すのは人間の役割です。AIが真価を発揮するためには、人間の創造的な思考が不可欠です。
そんななか、AIに思考を委ねる場面が増えているように感じることがあります。AIの意見をそのまま使い続けていると、いつの間にか自分の考えよりもAIの出力に引っ張られてしまうかもしれません。そうなったとき、その人自身の表現はどこにあるのでしょう。
表現とは、自分にしかわからないものを、他者にわかるかたちにしていく行為
自分の思考は、自分にしかない「オリジナル」です。
それを共有可能なことばに変え、他者に伝える方法や表現を考えること——そのプロセスを経てはじめて、自分の考えは他者に伝わることばになります。
土門蘭は『ほんとうのことを書く練習』の中で、「承認欲求」が先行すると、自分の考えをアウトプットすることへの抵抗が生まれ、誰かのことばや型を借りた文章になってしまうと述べています。
「どう思われるか」「こう思われたい」という気持ちが前に出てしまうと、文章の中の「わたし」が薄れてしまいます。
そしてAIが生成する文章は、ある意味でその傾向に近いと感じます。だれかの期待に応えるよう最適化された、承認を前提としたことばで構成されているからです。
だからこそ、自分の考えをどのように表現して伝えるか、常に考え続けることが大切だと思っています。
参考文献
ジェームス・W・ヤング著『アイデアのつくり方』CCCメディアハウス、1988年
土門蘭著『ほんとうのことを書く練習』ダイヤモンド社、2026年